金沢地方裁判所 平成8年(ワ)759号 判決 1999年3月05日
原告
桐山典城
外二〇名
右原告ら訴訟代理人弁護士
有賀信勇
同
大室俊三
被告
学校法人北陸大学
右代表者理事
北元喜朗
右訴訟代理人弁護士
俵正市
同
山崎利男
右俵正市訴訟復代理人弁護士
井川一裕
主文
一 原告らの請求のうち、訴外佐々木吉男が被告の設置する北陸大学の学長の地位にないことを、訴外高田維有が同大学外国語学部長の地位にないことを、訴外山本郁男が同大学薬学部長の地位にないことを、訴外牧角和宏が同大学薬学部の教授の地位にないことをそれぞれ確認することを求める部分をいずれも却下する。
二 別紙原告目録一記載の原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 事案の概要
本件は、被告の設置する大学の教授である原告らが、被告に対して、教授会の審議を経ずにされた被告の学長及び学部長の任命並びに薬学部教授の採用がいずれも無効であると主張して、右学長、学部長及び教授の各地位が存在しないことの確認を求めるとともに、右教授の採用により薬学部教授会の審議権を侵害され、精神的苦痛を受けたとして慰謝料の請求をした事案である。
一 当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
1 原告ら(原告土屋隆及び同山崎満を除く。)と被告との間において、訴外佐々木吉男が被告の設置する北陸大学の学長の地位にないことを、訴外高田維有が同大学外国語学部長の地位にないことを、訴外山本郁男が同大学薬学部長の地位にないことをそれぞれ確認する。
2 原告ら(原告土屋隆及び同山崎満を除く。)と被告との間において、訴外牧角和宏が被告の設置する北陸大学薬学部の教授の地位にないことを確認する。
3 被告は、別紙原告目録一記載の原告それぞれに対し、各金一〇〇万円及びこれに対する平成九年一月一八日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 右3につき仮執行宣言
(被告の答弁)
主文同旨
二 前提となる事実
次の事実は、当事者間に争いがないか、各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実である。
1 当事者
(一) 被告
被告は、学校教育法上の大学である北陸大学を設置する学校法人である。同大学には、薬学部(昭和五〇年開設)、外国語学部(昭和六二年開設)、法学部(平成四年開設)の三学部がある。
各学部には、常勤の教授による学部教授会がある。また、学長、各学部長及び各学部教授会が選出した各四人の常勤教授により構成される全学教授会がある。
(二) 原告ら
別紙原告目録一記載の各原告らは、北陸大学薬学部の教授(右のうち、原告土屋隆及び山崎満は本件訴え提起後に定年のため退職した。)、同目録二記載の各原告らは同大学外国語学部の教授、同目録三記載の原告らは、同大学法学部の教授であり、それぞれの所属する学部教授会の構成員である。
2 本件で問題となった学長等の人事(以下の人事を「本件人事」ということがある。)
(一) 本件学長及び学部長の任命
被告は、平成九年三月二九日に開催された理事会において、訴外佐々木吉男を当時の学長久野栄進の後任の次期学長とし、訴外高田維有を外国語学部長、訴外山本郁男を薬学部長、訴外松本俊雄を法学部長とするとの決議を行い、これらの者を同年四月一日付けをもってそれぞれの地位に任命した。右の決議及び任命は、各学部の教授会及び全学教授会の審議を経たものではなかった。
(二) 本件薬学部教授の採用
平成八年七月一三日に開催された薬学部教授会において、訴外牧角和宏(以下「訴外牧角」という。)を助教授候補者として学長に推薦することが了承されたが、被告は、同年九月一日、同人を北陸大学薬学部教授として採用した。
3 被告における関係諸規程
被告における本件に関連する右各人事当時の内規は、次のとおりである。
(一) 寄附行為
被告の寄附行為においては、学長は理事になること(六条)、法人に理事によって組織される理事会を置くこと(一三条)、法人の業務は理事会で決定すること(一四条)、理事長は、法令及び寄附行為に規定する職務を行い、法人内部の事務を総括し、法人の業務について、法人を代表する(一五条)ことが定められている。(甲二)
(二) 北陸大学学則
北陸大学学則においては、大学に全学教授会、学部に教授会を置くこととされ(四条、六条)、それぞれの任務等必要な事項は別に定めること(五条、七条二項)とされている。(甲三)
(三) 北陸大学運営規程
北陸大学運営規程(以下「運営規程」という。)においては、寄附行為及び北陸大学学則において別段の定めがある場合を除き、この規程の定めるところによること(二条)、大学に教授会を置くこと(三条)、教授会の組織及び任務については、北陸大学教授会規程の定めるところによること(四条)、学長は、校務を掌り、所属職員を統監すること(五条三項二号)、学部長は、学長の指示に従い、学部の運営にあたること(六条一項)、学長の任用については別に定めること(七条)、学部長の任免は理事会の議を経て理事長が行うこと(九条二項)が定められている。(甲四)
(四) 北陸大学教授会規程
北陸大学教授会規程(以下「教授会規程」という。)においては、北陸大学学則五条及び七条二項の定めに基づき全学教授会及び教授会について必要な事項を定めるものとされ(一条)、全学教授会は、学則、その他教育研究に関する重要な規則の制定及び改廃に関する事項(三条一号)、教育職員の人事の基準に関する事項(同条二号)等を審議すること、各学部に学部教授会(学部会)を置き、学部会は学部長及び学部に所属する常勤の教授をもって組織すること(七条)、学部会は、学部の教育職員の人事に関する事項(八条二号)等を審議すること、この規程の改廃は、全学教授会の議を経て、理事会においてこれを定めること(一二条)、三条二号及び八条二号の「教育職員の人事」については、学校法人北陸大学就業規則及び北陸大学教育職員の人事に関する内規に定める以外の人事をいうこと(附則二項)が定められている。(甲五)
(五) 北陸大学学長任用規程
北陸大学学長任用規程(以下「学長任用規程」という。)においては、学長候補者は、常任理事会の構成員をもって充てられる選考会議において選出されること(二条)、理事長は、右選出された候補者を理事会の議を経て、学長に任命すること(四条)が定められている。(甲六)
(六) 北陸大学学部長候補者選出内規
北陸大学学部長候補者選出内規においては、学長が、当該学部教授のうちから候補者を選出し、理事長に推薦すること(二条)、理事長が右候補者を適任と認めた場合、学部長候補者として決定し、それ以外の場合は、理事長が学部長候補者を決定すること(三条)が定められている。(甲六〇)
(七) 就業規則
被告の就業規則(学校法人北陸大学就業規則)においては、同規則における職員は、教育職員と一般職員であること(二条)、職員の採用については、理事長がこれを行うが、教育職員については、理事長は、学長の意見を聴きこれを決定すること(八条)、理事長は、業務の必要により、職員の昇任・降任・配置換え等異動させることができること(一三条)、理事長は、所定の事由が生じたときは、職員を退職させることができること(二〇条)、理事長は、所定の事由が生じたときは、職員を解雇することができること(二一条)、懲戒処分は、理事長が決し、これを行うこと(九〇条)、就業規則の改廃は、理事会の議を経て理事長が決定すること(一〇一条)が定められている。(甲三一)
(八) 北陸大学教育職員の人事に関する内規
右内規は、被告の就業規則に定める教育職員の人事について必要な事項を定めること(一条)、学部長は、教育職員の採用及び昇任等について必要がある場合は、学科長等と協議の上、学長に申し出るものとすること(二条)、学長は、必要と認めた場合、教育職員の採用、昇任、降任、配置換え等の人事を理事長に申請することができること(三条)、就業規則八条により採用される教育職員は、後記の資格を満たすものでなければならないこと(四条)、教授となることのできる者は、①博士の学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む)を有し、研究上の業績がある者、②研究上の業績が前号の者に準ずると認められる者、③大学において教授の経歴がある者、④大学において助教授の経歴があり、研究に一〇年以上従事し、教育及び研究上の業績および指導能力がある者、⑤芸術・体育等について、特殊な技能に秀で、相当の教育経験があると認められる者、⑥専攻分野について、特に前各号に相当する優れた知識および経験を有する者のいずれかに該当する者であること(五条)、この内規の改廃は、学長の意見を聴き理事長が決定すること(九条)が定められている。(甲三二)
4 学長選任に関する内規の変遷
(一) 北陸大学は、昭和五〇年四月に開学されたところ、昭和五二年六月二四日開催の理事会において、北陸大学運営規程(当時のもの)が定められ、右規程に、学長の任免については教授会の意見を聞き理事会の議を経て理事長が行う旨の規定が置かれた。(原告土屋隆、弁論の全趣旨)
(二) 昭和五七年一〇月二九日開催の理事会において決定され、同日施行された北陸大学学長任用規程(以下「旧任用規程」という。)においては、理事長は、学長を任用するため、学長候補者選考委員会(以下「選考委員会」という。)を設置すること(二条)、選考委員会は、常勤理事、学長、薬学部長、教養部長及び教授会選出の教授らで構成すること(四条)、選考委員会は、五名以内の学長候補者を選考し、選挙結果の報告を受けたときはその旨を理事長に報告すること(五条)、理事、専任教育職員講師以上の者らは、学長候補者を推薦できること(七条)、学長候補者の選挙については、北陸大学学長選挙施行細則(以下「選挙施行細則」という。)に定めること(九条)、理事長は、選考委員会から、最終学長候補者の報告を受けたときは、理事会の議を経て学長を決定すること(一〇条)、規程の改正は、理事会の議を経て理事長が定めること(一五条)が定められた。(甲九)
(三) 旧任用規程と同時に施行された選挙施行細則においては、同細則が旧任用規程九条に基づき、学長選挙の実施に関する事項を定めること(一条)、旧任用規程九条の選挙は、専任教育職員講師以上を選挙権者とすること(五条)、選挙施行細則の改正は、教授会に諮り、理事長が定めること(一一条)が定められた。(甲一〇)
(四) 昭和六一年一一月二六日開催の理事会において、旧任用規程に「昭和六二年四月一日から、昭和六四年三月三一日の間は、本規程によらず、理事会の議を経て理事長が学長を任命するものとする。」との附則が設けられた。(甲一二)
(五) 昭和六三年九月一六日開催の理事会において、前記3(五)の学長任用規程が決定され、同日施行された。同規程の施行に伴い、旧任用規程及び選挙施行細則が廃止された(附則)。(甲六、乙六)
5 学部長選任に関する内規の変遷
(一) 昭和五二年一〇月二二日から施行された北陸大学学部長候補者選出内規においては、同内規は、北陸大学運営規程九条(当時のもの)の規定に基づき学部長候補者の選出方法を定めること(一条)、候補者の選出は、学部所属の教授等により構成された選挙会における選挙によるものとすること(二条)、同内規の改廃は、教授会の議を経て理事長が決定すること(一一条)が定められた。(甲四八)
(二) 昭和六一年一一月二六日開催の理事会において、北陸大学運営規程の附則に、昭和六二年四月一日から昭和六四年三月三一日の間は、本規程によらず、学部長は理事会の議を経て理事長が任命するものとする旨の規定を設けた。(甲四七、弁論の全趣旨)
(三) 右内規は、平成元年二月一五日に開催された理事会において、平成元年二月一八日をもって廃止することとされた。(甲四九、弁論の全趣旨)
(四) 平成二年一二月二八日開催の常任理事会において、北陸大学学部長候補者選出内規が定められ、平成三年一月一日から施行された。右内規は、平成六年四月一日に一部改正されたが、その内容はいずれも前記3(六)のとおりである。(甲五九、六〇、乙七)
(五) 右のとおり選挙制が廃止された後に、学部長として、薬学部においては、久野栄進(平成元年四月)、原告土屋隆(平成三年四月)、河島進(平成五年四月)の各教授が、外国語学部においては、牧田徳元(平成元年四月)、大芝孝(平成三年四月)、山田隆一(平成四年四月)、松田三郎(平成六年四月)の各教授が、法学部においては、川口實(平成四年四月)、佐々木吉男(平成八年四月)の各教授がそれぞれ就任した。(弁論の全趣旨)
6 教授採用に関する内規の変遷
(一) 昭和五二年三月三一日開催の理事会において決定され、昭和五一年四月一日から適用された北陸大学教育職員採用規程(以下「教育職員採用規程」という。)においては、教授会に候補者選考委員会を設け、委員会の内規は別に定めること、右委員会の選考結果に基づき、教授会で賛成を得た候補者一名を学長から理事長に推薦し、就業規則八条の規定により、理事長が採用決定すること(三ないし五条)が定められた。同規程には、改廃手続について規定がない。(甲三九)
(二) 昭和六二年一〇月一日に施行された一部改正後の右規程においても、右の骨子は同様であった。(甲四〇)
(三) 右教育職員採用規程において別に定めることとされた委員会の内規として、昭和五一年四月一日から施行された北陸大学教育職員候補者選考委員会内規(昭和六二年一二月一日及び昭和六三年三月二二日一部改正)があり、同内規においては、委員会は教授会で選出された委員らをもって構成すること(七条)、同内規の改正は、全学教授会の議を経て理事長が決定すること(一一条)が定められた。(甲四一、四二)
(四) 平成三年一〇月四日開催の理事会において決定され、同日施行された学校法人北陸大学人事委員会規程(以下「人事委員会規程」という。)においては、理事をもって構成された人事委員会が職員の採用その他の人事について審査又は調査すること(二、三条)が定められ、同規程の施行をもって右教育職員採用規程を廃止すること(附則)とされた。(甲四三)
(五) 平成四年三月二四日に開催された全学教授会において、教授会規程において、従前からあった「第3条全学教授会は次の事項を審議する。… (2) 教育職員の人事の基準に関する事項」、「第8条 学部会等は、次の事項を審議する。… (2) 学部等の教育職員の人事に関する事項」との規定について、新たに附則において、「第3条第2号及び第8条第2号の『教育職員の人事』については、学校法人北陸大学就業規則及び北陸大学教育職員の人事に関する内規に定める以外の人事をいう。」(附則二項)との規定を加える提案がされ、承認された。右規定は、同年三月三一日に開催された理事会において決定され、同四月一日から施行され、前記3(四)のものとなった。(甲五、乙一〇)
三 当事者の主張
1 本案前の主張
(被告)
(一) 訴えの変更前の請求について
原告らは、請求の趣旨1項について、当初、平成八年八月二二日開催した被告の第一二四回理事会における「北陸大学の次期学長を衛藤瀋吉とする」との決議が無効であるとの確認を求めていたところ、これを、前記のとおり訴外人らの北陸大学学長等の地位にないことの確認を求める訴えに変更することを申し立てた。右訴えの変更の前後では、無効の確認を求める対象が異なるだけでなく、その選任の日、地位、選任の手続及び根拠規定が異なり、新訴と旧訴の事実資料の間に審理の継続的施行を正当化する程度の一体性と密着性があるとはいえず、請求の基礎に変更があるから、訴えの変更は許されないものである。そして、右旧請求については、既に被告理事会において右決議が撤回されたから、訴えの利益がない。
(二) 地位不存在確認について
原告らの本件訴えのうち、訴外佐々木吉男、同高田維有、同山本郁男及び同牧角の地位不存在確認を求める部分については、次の理由から、いずれも訴訟要件を欠くものであるから、原告らの訴えは却下されるべきである。
(1) 原告らの右訴えは、自らの地位ないし権利関係についての確認等を求めるものではなく、また、原告らは、被告の機関ではなく、学長・学部長・教授の任免に関与する立場にないのみならず、自らが学長や学部長によって任免される立場にもなく、学長・学部長及び牧角教授の地位について法律上の利害関係を有しているとはいえないから、右確認を求める訴えの原告適格を有しない。
(2) さらに、本件訴えを適法として本案判決をしても、その既判力は原告以外の教員に及ばないから、他の教員との間で争点を共通にした同種内容の訴訟が提起される可能性があり、本件紛争の終局的な解決を図ることができない。
(原告ら)
(一) 被告は、請求の趣旨1項につき、新訴と旧訴との間に請求の基礎の同一性がないとして、訴えの変更が許されないと主張する。しかし、本件では、原告が無効を主張する理事会決議の存在及び決議の内容、右理事会決議が教授会の審議を経ていないことについては、旧訴・新訴とも当事者間に争いはない。争点は、教授会の重要事項審議権を定めた学校教育法五九条との関連で右各理事会決議が有効なのか否かという点であり、これは、旧訴・新訴ともに共通である。また必要とされる資料も、北陸大学の規程集のほか、学校教育法五九条の解釈問題に関する資料であり、これらも新旧共通である。さらに、社会生活上の見地から見れば、新旧両訴とも、平成九年四月一日以降の次期学長の選任をめぐる同一の紛争に関するものである。したがって、新旧両訴に請求の基礎の同一性が存し、訴えの変更が許される。
(二) 原告らは北陸大学教授会の構成員であるところ、大学教授会は、学校教育法五九条により大学の重要事項を審議する権限を有しており、この重要事項に、学長、学部長及び教授の任免が含まれるものである。
また、薬学部教授の採用に限れば、従前より同学部教授会は、薬学部教育職員の採用につき審議する慣習をも有していた。したがって、原告らは北陸大学教授会の構成員として、北陸大学の学長、学部長及び教授の地位につき、学校教育法五九条及び従前からの慣習に基づき、影響を及ぼすべき立場にあったものである。
(三) さらに、自らの任免に関与する者の地位については、その存否を争う法律上の利害関係が肯定できるというべきである。北陸大学においては、職員の採用については理事長の権限とされているものの、教授ら教育職員の採用について、学長は意見を述べる権利を有し、理事長はこれを聴いた上決することとされている(就業規則八条)。また、北陸大学教育職員の人事に関する内規二条により、学部長は、教育職員の採用及び昇任等について学長に申し出る権限が与えられている。このように、学長及び学部長は、原告ら教授の任免に関与する立場にあるから、原告らが、学長及び学部長の地位について法律上の利害関係を有しているといえる。
北陸大学においては学長及び学部長は当然に全学教授会の構成員となり、また学部長は、当該学部教授会の構成員である。また、学長は全学教授会の唯一の招集権者であり、学部長は、当該学部教授会の唯一の招集権者である。したがって、学長は全学教授会の他の構成員にとって、また学部長は当該学部教授会の他の構成員にとって、いずれも不可欠の存在である。そして、原告らのうち、桐山典城、紺谷仁、澤西啓之、岡野浩史、櫻田芳樹、林敬、飯塚深、島崎利夫及び三谷嘉明は、北陸大学全学教授会の構成員であり、同人らを含む原告らは、それぞれが所属する学部の教授会の構成員である。この点からも、原告らは、学長、学部長の地位を争いうる法的地位にあるものである。
(四) 被告は、本案判決をしても、紛争の終局的解決ができないとも主張するが、多数の者が同一紛争に関係していても、固有必要的共同訴訟のほかは、相対的効力しか有さないものである。確認の利益は、あくまでも原告が当該紛争に関し確認を求める法的利益や法的地位を有するかどうかによって判断されるべきである。
2 本案の主張
(原告ら)
(一) 教授会の重要事項審議権
学校教育法五九条一項は、「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない」旨を定めている。この条項は、憲法二三条の学問の事由、大学の自治を具体化したものであって、大学の組織に関する規定であるだけでなく、教授会の権限を保障したものである。
私立大学も、国公立と同じく公の性質をもつものであって(教育基本法六条)、教育の目的達成のためには、学問の自由を尊重するよう努めなければならない。学問の自由を保障するためには、大学の自治が認められる必要があるものであるところ、大学の自治は、大学の教授その他研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任されることもその内容となる。このような大学の自治は、国公立大学にあって教育行政権に対する大学教職員の人事自治を意味するのと同様に、私立大学においては、法人理事会の業務決定権に対する人事自治を意味すると解されるものである。
右の学校教育法の規定は教授会で審議すべき「重要な事項」の具体的内容を定めておらず、私学の場合には、これを各大学に委ねられているとは一応いえる。しかし、教授会で審議すべき事項の具体的内容が、何の制約もなく大学設置者においてほしいままに決定できるものではない。そして、学校教育法五九条一項の規定が、私立大学においては右に述べた設置者からの自由をも内実とする学問の自由・大学の自治の保障の趣旨で設けられた規定であることからすると、教授会の審議すべき「重要な事項」には、大学の学長・教授の任免が含まれるのであって、右の事項につき教授会からその審議権を奪うことは許されない。
学校教育法五九条一項は、右のように解されるところ、現行の学長任用規程及び学部長の選任に関する規程は、これに違反したものであり、平成九年三月二九日に開催された被告理事会において、右各規程に基づき学長及び各学部長を選任したうえ、右各被選任者を同年四月一日付けをもってそれぞれの地位に任命した行為は右の重要事項審議権を侵害したものとして、いずれも違法無効である。
また、右と同様に、平成八年九月一日、被告が、学部教授会には教育職員の採用に関与する権限がない大学の現行内規により、北陸大学教育職員の人事に関する内規五条に違反して、薬学部教授会の審議に基づかず、教授資格のない訴外牧角和宏を北陸大学薬学部教授として採用したことも、違法無効である。
(二) 従来の諸規程に定められていた改変手続を履践していない等の違法による諸規程の無効
学校法人、私立大学においては、理事会が最高意思決定機関であり、法人、大学の基本的事項を中心として理事会ないし理事長が制定権を有すること自体には問題はない。しかし、本件で問題とされる各任命行為については、次のとおり、私的目的を達成するために、教授会の既存の権利を一方的に侵害、剥奪することによってしか実現できない内容を恣意的かつ専横的に規程化したもので、これら諸規程の改訂は、明らかに規程制定権の濫用によって無効であり、また、仮に規程の改変が有効としても、これらの規定に基づきなされた任命行為は、被告の不当な意図によって任命されたから任命権の濫用として無効というべきである。さらに、訴外牧角の教授としての採用は、理事者が研究教育上の資質を判定する能力がないまま一方的に採用した点においても任命権の濫用として無効である。
(1) 学長任用規程の違法性
旧任用規程は、昭和六一年、前提となる事実4(四)のとおり、被告の理事会が一方的に附則を付することによって、その効力を停止された。右昭和六一年の時点での被告が行った旧任用規程の効力停止措置は、理事会のみの審議により決定され、現実に既存の自治権を侵害された教授会に対しては、「新学部設置申請のため」との理由を付し、単なる「報告」として処理されたにすぎない。被告は、本件で「学長選挙の後遺症的な症状」を初めて主張したが、その当時そのような理由付けがされたことはなく、その後右の理由に沿う対策を講じたこともなかった。
この際の効力停止措置は、二年間の時限措置であったが、仮にその当時の教授会が右の報告に同意する意思表示をしたとしても、それは、「新学部設置申請のため」の二年間の時限措置であるとの説明を信じた結果であった。しかし、その後の昭和六三年九月に、被告の常任理事会において、右効力停止中であった旧任用規程を廃止し、全く性質の異なる同名の規程を立案したことからも、右の説明が真実であったとはいえない。
また、昭和六三年の右学長任用規程の廃止の際も、教授会を規程立案過程から完全に排除したうえ、教授会に対しては、「理事会で決定の運び」との報告がなされたにすぎなかった。この際、「教授会で審議され、異議なき旨の答申を得た」事実はない。
右の経過からすると、当時の理事長北元喜雄が、学長に自ら気脈を通じた人物を充て、大学運営を私物化するとの意図に出たものといわざるを得ない。
(2) 学部長任用規程の違法性
被告は、教授会審議の末制定された北陸大学学部長候補者選出内規について、昭和六一年一二月、学長同様に二年間の特例措置を定め、平成元年二月にも、二年間の特例措置を定めるとともに右選出内規を廃止し、学部長選出方法を事実上、公選制から任命制へ変更した。
右昭和六一年には、「新学部設置認可との関係」、平成元年には「法人と教学が一体となった体制作り」が理由とされ、本件で被告が主張するような「選挙の弊害」がその理由として説明されることはなかった。そして、右平成元年の際は、その理由付けも薄弱なものである。
また、平成元年の右選出内規の廃止は、全学教授会に対して報告事項として取り扱われたにすぎない。このことは、その改廃手続につき、教授会の議を経て理事長が決定すると定める同内規一一条の規定に違反するものである。
被告は、平成三年に新たに、「北陸大学学部長等候補者選出内規」を設けたが、既に公選制は否定されており、理事会の一存によりどのような人物でも学部長となれる規定となった。
これら一連の改変には、教授会の発言権を低下せしめ、学校教育法の法意に反し、大学私物化を図ろうとする被告及び理事の意図があるというべきである。
(3) 教員採用規程の改変及び訴外牧角和宏採用の違法性
ア 被告は、平成三年度後半から末にかけて、就業規則、運営規程、人事委員会規程、教授会規程を続けざまに改変した。
このうち、教授会規程の改変は、教授会の審議対象外である就業規則の改訂に伴うものであったが、この際、被告は、学部教授会の任務を定める本則八条を「(現行のまま)」と説明しながら、最も重要な人事対象案件を、注意を喚起するための手段を何ら講じないまま、附則に盛り込んで改訂することとするなどし、年度末で慌ただしい全学教授会の教員たちに対して、積極的な欺罔の意思に基づいて同教授会の承認を得たものであって、無効というべきである。そして、このような手段をもってされた被告の規程改変行為は、権利の濫用である。
イ 教員採用に当たって不可欠の業績審査は、教授会の慎重な審議によってのみ可能であり、北陸大学薬学部では慣行のうえでも教授会の審議事項とされてきた。しかし、被告は、訴外牧角和宏の採用に際して、教授会が僅差で助教授としての採用を可とする結論に達したところ、右表決は、従来行われていた「三分の二以上の賛成を要する」とのルールにも満たないものであった。ところが、その後の被告理事会では、右決定に反し、首肯しうる理由もないまま訴外牧角を教授として採用したものであるから、右行為は大学設置者の任命権の範囲を逸脱する権利の濫用である。
(三) 慰謝料請求
別紙原告目録一記載の原告らは、いずれも薬学部の常勤教授であり、同学部教授会の構成員である。ところで、本来薬学部教授会は、同学部の教育職員の採用にあたってはこれを審議する権限を有していることろ、平成八年九月一日、被告が教授会の審議に基づかずに訴外牧角和宏を同学部の教授として採用したが、これは、前述のとおり、右原告らが薬学部教授会の構成員として有する大学の重要事項審議権を侵す違法な行為である。これにより、右原告らは、大学教授として大学運営への参画を妨げられるという非財産的損害を受けたのであり、その額は右原告一人当たり金一〇〇万円を下らない。
(被告)
(一) 本件学長、学部長の任命及び教授採用の適法性
学校法人の業務の決定方法は、当該学校法人の寄附行為等によって定められるところ(私立学校法三六条)、被告においては、被告の一切の業務を理事会において決定することとされているので(寄付行為一四条)、北陸大学の学長及び学部長の選任方法・手続をどのようにするかということは、結局被告の理事会が決定すべきことである。そして、本件学長及び各学部長は、いずれも理事会が定めた運営規程、学長任用規程及び北陸大学学部長候補者選出内規に従い、適法に選任・任命されたものである。また、訴外牧角は就業規則八条一項但書及び北陸大学教育職員の人事に関する内規に従って、理事長が学長の意見を聴いたうえで、薬学部教授として採用されたものである。したがって、右の者らの地位を否定される理由はないし、被告が損害賠償責任を負うべき理由もない。
(二) 教授会の審議事項に関する原告の主張に対する反論
原告らは、大学の自治を保障するという観点から、学長及び学部長の選任並びに薬学部の教員の採用は、学校教育法五九条一項の「重要な事項」に含まれ、教授会審議事項と解すべきであると主張し、教授会審議を経ていない本件学長及び学部長の選任・採用は無効であると主張するが、私立大学における大学の自治とは、理事会が、当該学校法人及び設置する私立大学について、自主的・自立的に組織・運営し、その中で、自由に学問的研究及び研究を行っていくことに対して、国家からの干渉を受けないことをいうものと解すべきであって、国公立大学におけると同様な大学の自治の観念が、私立大学に妥当するものではない。
また、学校教育法五九条一項の規定は、教育公務員特例法四条ないし一二条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条、私立学校法四二条一項等、他の立法例に照らしてみると、教授会の権限を定めることを目的とする厳格な規定でなく、教授会の設置、運営が規定どおり行われなくても、その効力が問議されないという意味において、訓示規定であり、手続規定でもなく、また、その議決が学校法人の意思決定に効力を及ぼすような効力規定でもない。大学に教授会を置き、大学の重要事項を審議させるという、単なる組織規定であると解される。したがって、学校教育法五九条一項を根拠に、教授会の審議を経ていないことをもって、理事会の決議を無効とする主張は誤りである。
さらに、同条項の「重要な事項」の意議についても、学校法人は、学校の設置を目的とするものであるから(学校教育法二条、私立学校法三条)、設置学校の組織を編制し、運営管理していくことなどが、当該学校法人の最も重要な業務である。学校法人の業務は、寄附行為の定めにより、理事会が決定していくこととされているので、右の組織編制・運営管理等は、理事会が決定していくことになるのであり、その一内容として、設置する大学の教授会を、学校法人の意思決定等においてどのように位置付けるか、どのように扱うかといったことも理事会が決定するのである。同条項にいう「重要な事項」の解釈においても、何をもって教授会の審議事項とするかは、教授会審議の位置付けの問題として、理事会の裁量に委ねられていると解すべきである。
このように、大学の自治の観念や学校教育法五九条一項自体から、私立大学の学長及び学部長の選任及び薬学部教員の採用が教授会審議事項になるとの結論が導かれるものではない。したがって、これらの選任及び採用にあたり適用された前記の手続規定及び右選任及び採用が学校教育法五九条一項に違反するものではない。
(三) 諸規程の制定手続等に関する原告の主張に対する反論
(1) 学長及び学部長について
原告らは、本件学長及び学部長選任手続は、理事長による恣意的な学校運営のために定められたと主張する。しかし、本件学長及び学部長選任手続(昭和六二年ころにとられた暫定的特例措置によるものも含む。)は、かつて行われていた薬学部長選挙等をめぐって学内に理事長派とされるA班及びB班という党派的対立が生じ、学内に混乱が生じ、若い研究者たちが苦悩していた事情を踏まえて、党派的対立を解消し、人事のバランスを図るために定められたものであって、理事会に恣意的な意図はない。このように、本件学長及び学部長選任手続は、必要性及び合理的理由に基づくものであるから、違法とされるいわれはない。
また、原告らは、本件学部長選任手続を定める学部長候補者選出内規(平成三年当時は「学部長等候補者選出内規」)の制定手続も問題としているが、右内規の制定に際しては、平成三年一月一〇日の全学教授会において審議もされており、制定手続に何ら問題はない。
(2) 教授の採用について
原告らは、教育職員採用規程等の廃止手続についても問題とするが、教育職員採用規程は全学教授会等の審議を経なければ改廃できないものではなく、また、平成三年一二月一二日及び平成四年三月二六日の全学教授会では、教育職員採用規程等の廃止を踏まえて、教育職員の人事に関する内規や教授会審議事項から教員採用等の人事事項を除外する教授会規程附則について審議及び決議がされている。したがって、教育職員採用規程等の廃止手続について、問題となるところはない。
さらに、原告らは、訴外牧角の教授採用について薬学部教授会の審議を経ていないというが、実際には、同教授会の審議を経ているのであり、その上で理事長が同人を教授に採用しているのであるから、採用が違法になることはない。
原告らは、訴外牧角に博士学位や教授経験がなく薬学部教授としての適格性を欠いているとも主張するが、教授を採用する場合において、被採用者に教授としての適格性があるかどうかの判断は、人事権者である理事長の広い裁量に委ねられているのであって、本件の理事長による訴外牧角の教授適格の判断は、そもそも問疑される余地はない。また、担当する教室、資格・経験、業績に照らしても、同人は、教授にふさわしい適格性を備えている。
第二 当裁判所の判断
一 審理判断の対象について
1 原告らの本件における請求に関しては、次のとおり変遷がある。
(一) 請求の趣旨1項に関して、原告らの訴状における請求は、「平成八年八月二二日開催した被告の第一二四回理事会における『北陸大学の次期学長を衛藤瀋吉とする』との決議が無効であることを確認する。」というものであった。原告らは、平成九年四月三日、右請求部分を訴の変更申立書で「訴外佐々木吉男が被告の設置する北陸大学の学長の地位にないことを、訴外松本幹雄が同大学法学部長の地位にないことを、訴外高田維有が同大学外国語学部長の地位にないことを、訴外山本郁男が同大学薬学部長の地位にないことをそれぞれ確認する。」に交換的に変更することを申し立てた。右申立書は、同日被告に送達されたところ、被告は、同年一〇月一三日、右訴えの変更に同意しない旨を申述した。
また、平成九年四月三日、当初原告であった訴外山田隆一が訴えを取り下げ、右山田の取下書は右同日被告に送達された。
(二) 原告らは、平成一〇年六月五日、同日付けの取下書において、右変更後の請求のうち、原告らが訴外松本幹雄が同大学法学部長の地位にないことを求める部分を取り下げるとともに、原告土屋隆及び山崎満は、各金一〇〇万円の支払を求める部分以外の訴えを、当初原告であった訴外中山研一、同曽村保信及び同コーニリアス・マーカスは、同人らにかかる訴え全部をそれぞれ取り下げ、右取下書は右同日被告に送達された。
(三) 原告ら(原告土屋隆及び山崎満を除く。)は、平成一〇年一二月一五日、同日付けの一部取下書において右訴外佐々木吉男の地位無効確認を求める部分の訴えを取り下げ、右取下書は右同日被告に送達されたところ、被告は右同日右取り下げに同意しない旨を申述した。
2 被告は請求の趣旨1項に関する右訴えの変更が、請求の基礎に変更があり、許されないと主張するけれども、原告らは、新旧いずれの請求においても被告の理事会がした平成九年四月に就任する北陸大学の学長を選任する旨の決議が無効であること、右無効の原因として、教授会の審議を経ずに理事会において決議を行ったことを主張する点で共通であり、新たに加わった学部長の地位の不存在確認を求める部分も、教授会の審議を経ずに理事会が決議をしたことの無効を主張するものであって、いずれも争点となる法律上の主張を共通にするものである。これらに鑑みると、右訴えの変更は、請求の基礎に変更がないということができる。
3 次に、右1(三)の訴外佐々木吉男の地位不存在確認を求める訴えの取下げについては、被告が直ちに異議を述べているから取下げの効力を生じない。しかしながら、右1(一)の訴えの変更及びこれに伴う訴えの取下げについて、被告が訴の変更申立書及び取下書の送達を受けた日から三か月以内に異議を述べなかったこと、並びに、右(二)の訴えの取下げについて、被告が取下書の送達を受けた日から二週間以内に異議を述べなかったことは、いずれも当裁判所に顕著である。したがって、旧民事訴訟法二三六条六項、現行民事訴訟法二六一条二項及び同条五項により、訴外佐々木吉男の地位不存在確認を求める訴えの取下げを除くその余の訴え取下げはいずれも有効である。
4 そこで、当裁判所が本件訴訟で審理判断すべき対象は、別紙原告目録記載の原告らの前記請求の趣旨掲記の請求の当否となる。
二 被告の本案前の主張について
1 本件請求のうち、訴外佐々木吉男、同高田維有、同山本郁男及び同牧角の地位不存在確認を求める部分については、原告らは、いずれも第三者の立場にあるものであるから、その原告適格を肯定するには、組織上、これらの者の任免に関与するなどその地位に影響を及ぼすべき立場にあるか、又は自らがこれらの者によって任免される立場にあるなど、これらの者の地位について、法律上の利害関係を有していることを要すると解するのが相当である。(最高裁判所第三小法廷平成七年二月二一日判決・民集四九巻二号二三一頁参照)。右訴外人らは、学長、学部長及び薬学部教授であるから、それぞれの地位ごとに検討する。
なお、被告においては、本件訴訟提起後の平成一〇年一一月一〇日、新たに学長及び学部長の選任手続に関する新規程が制定(同日施行)され、これ以降、教員による学長及び学部長選挙が実施されることとなっている(弁論の全趣旨)。しかし、本件で原告らは、右規程制定前の諸規程(前提となる事実3)のもとで行われた本件人事の効力を争うものであるから、原告適格の判断においても従前の諸規程に基づいて検討するのが相当である。
2 学長について
(一) まず、原告ら教授が、学長の地位に影響を及ぼす立場にあるかどうかの点については、学長の任免については、北陸大学学長任用規程において、学長候補者は、常任理事会の構成員をもって充てられる選考会議において選出され、理事長が右選出された候補者を理事会の議を経て、学長に任命することとされており(前提となる事実3(五))、被告の本件人事当時の組織規程上、北陸大学の教授が学長の任免に関わることはない。
原告らは、学校教育法五九条一項の教授会の審議する「重要な事項」には、学長の任免が含まれると主張する。しかしながら、右条項が教授会の審議権限を定めたものとしても、同条項が、その内容について具体的な事項を列挙するのではなく、「重要な事項」という抽象的な文言を用いていることに照らすと、何をもって教授会の審議事項とするかは、本来的には各大学ごとに独自の運用を許すものと解するのが素直である。そして、国公立大学にあっては、教育公務員特例法において、評議会又は教授会が「学長及び部局長の採用並びに教員の採用及び昇任」を選考するとの規定があるが(四条一項、二五条一項一号)、私立大学についてはこのような法令が存しないことも考慮すると、学長の任免に教授を関わらせるかどうかは、当該私立大学の自主性に委ねられているというべきである。この点について、原告は、私立大学における大学の自治は、法人理事会の業務決定権に対する人事自治を意味するから、学校教育法五九条一項に定められた教授会の審議事項は、当然に教育職員の人事案件を含むと解すべきとも主張するが、国公立大学の場合とは異なり、私立大学を設置する学校法人が私人であることに鑑みると、右主張を採用することはできない。
また、北陸大学においては、かつては教員による学長選挙が実施されるなど、学長選出の手続において教授の関与が認められていたことがあり(前提となる事実4)、原告らは、その後被告が右制度を廃止したことについて、廃止の理由が乏しいこと、教授会の審議承認がなかったこと等をとらえて、右廃止が規程制定権の濫用として、無効であり、ひいては本件当時の任用規程がむこうであると主張する。しかしながら、旧任用規程における右選挙制度の創設が被告の理事会によって決定され、その改正も理事会の議を経て理事長が定めることとされていたこと(旧任用規程一五条)に照らすと、右制度の改廃の必要性を判断したうえ、現に改廃するかどうかは、被告の理事会及び理事長の裁量に属する問題であるから、原告の右主張を採用することはできない。
したがって、原告らが学長の地位に影響を及ぼす立場にあったということはできない。
(二) 次に、右の場合のほかに、原告らが学長によって任免される立場にあるなどの関係にあるかどうかの点については、被告の就業規則においては、職員の昇任・降任・配置換え等の人事異動、退職・解雇、懲戒処分を理事長がなしうることが定められており(八、一三、二〇、二一、九〇条)、学長は、北陸大学教育職員の人事に関する内規において、教育職員の採用、昇任、降任、配置換え等の人事を理事長に申請することができること(三条)が定められている。このように、北陸大学においては、教授が学長から直接任免されるものでもなく、組織規程上、理事長が教授の処遇を決定するについて、一定程度学長の関与する場合があるというにとどまるものであるから、被告の組織上、教授の地位が学長が誰かということに依存していたともいい難い。このようにしてみると、結局のところ、本件人事当時の被告の規程のもとでは、原告ら教授が学長の地位の存否について法律上の利害関係を有するものとまで評価することはできない。
3 学部長について
(一) 原告ら教授が、学部長の地位に影響を及ぼす立場にあるかどうかの点について、本件学部長の人事の当時、被告における学部長の選任に関しては、要するに理事長が適当と認めた人物を学部長候補者として決定し(北陸大学学部長候補者選出内規二、三条)、理事会の議を経て学部長に任命すること(運営規程九条二項)とされており、被告の組織規程上、北陸大学の教授が学部長の任免に関わることはない。
次に、原告らは、前同様に、学校教育法において学部長の任免も教授会の審議事項であると主張するが、右主張が採用できないことは前述のとおりである。
また、北陸大学においては、同時の北陸大学学部長選出内規のもとで、学部長についても教員による選挙が実施されていたが(前提となる事実5)、原告らは、被告の理事会が平成元年二月一八日をもって同内規を廃止し、平成三年一月一日から新たに右北陸大学学部長選出内規を定めて施行したことが、右北陸大学学部長選出内規において定められた、同内規の改廃は教授会の議を経て理事長が決定する旨の規定に反していることなどを挙げて、右平成元年の旧内規の廃止及び平成三年の選出内規が、被告の規程制定権を濫用したものとして無効であるとも主張する。そして、全証拠によっても、これらの学部長選任に関する内規改廃について教授会で審議されたことを認めるに足りる証拠はないところである。しかしながら、平成元年二月に、北陸大学学部長選出内規が廃止され、被告の組織規程上教授が学部長選任に関与しなくなった後、本件訴訟提起に至るまでの間に、相当数の教授が学部長に就任していること、平成三年一月一〇日に開催された全学教授会において、右旧内規が既に廃止されていることを前提とする北陸大学学部長等候補者選出内規の説明が行われていること、右教授会も含め、本件訴訟提起に至るまで、原告らが、全学教授会の議を経ていないことを理由に右旧内規の廃止の効力を争うことがなかったことを併せて考慮すれば、右旧内規の廃止が無効であって、かつ、現在も右内規が有効に存続していると解することはできないというべきである。
右によれば、原告ら教授が、学部長の地位に影響を及ぼす地位にあったということはできない。
(二) 次に、右の場合のほかに、原告らが学部長によって任免される立場にあるなどの関係にあるかどうかの点については、被告の就業規則では、理事長が職員人事をなし得ることは前述のとおりである。そして、学部長は、北陸大学教育職員の人事に関する内規において、教育職員の昇任等について必要がある場合は、学長に申し出、これを受けて右2(二)のとおり学長が理事長に申請することとされている(同内規二、三条)のであるから、学部長の教授人事への関与は、右にみた学長以上に間接的である。このようにしてみると、被告の組織上、教授の地位が学部長に依存しているとはいえないから、本件人事当時の被告の規程のもとで原告ら教授が学部長の地位の存否について法律上の利害関係を有するとはいえない。
4 教授について
(一) 原告ら教授が、他の北陸大学の教授の地位に影響を及ぼす立場にあるかどうかの点については、教授会規程において、全学教授会が、教育職員の人事の基準に関する事項(同条二号)等を審議すること、常勤教授によって構成される学部教授会が、学部の教育職員の人事に関する事項を審議することとされているものの、同規程の附則によって、右の審議事項から、教育職員の任免等の個別的な人事が除外されているものである(前提となる事実3(四))。したがって、被告の組織規程上、北陸大学の教授が他の教授の任免に関わることはない。
次に、原告らは、前同様に、学校教育法において教授の採用も教授会の審議事項であると主張するが、右主張が採用できないことは前述のとおりである。
また、原告らは、平成四年三月二六日の全学教授会において、右のとおり教授会規程から教育職員の任免等の人事案件が除かれたことについて、同教授会の承認は、被告の詐術によりなされたから無効であり、被告の右規程の改変は権利の濫用であると主張する。しかしながら、証拠(乙一〇)によれば、同教授会の構成員に右改正部分を新設する旨が記載された資料を配付のうえ、右改正が承認されたことが認められるのであって、右改正部分の注意喚起のための手段が十分でなかったことや、右改正が本則ではなく附則において行われたことから、教授会の承認の意思表示が詐欺によってなされたと認められるものではない。したがって、右(一)の訴外牧角の教授採用時の教授会規程が無効となるものではない。
さらに、原告は、薬学部教授の採用に関して、同学部教授会は、同学部教育職員の採用につき審議する慣習を有していたとも主張しているが、全証拠によっても、教員の採用について教授会の関与を認めていた北陸大学教育職員採用規程の廃止(平成三年一〇月)後において、被告が同学部教授会の審議結果を規範意識をもって承認したと認めるに足りる証拠はないから、同学部教授会が教授採用について審議し、被告がその結果に拘束されるような慣習が成立していたということはできない。
このようにしてみると、原告ら教授が他の教授の地位に影響を及ぼす立場にあるとはいえない。
(二) 次に、右の場合のほかに、原告らが他の教授によって任免される立場にあるなどの関係にあるかどうかの点については、被告の就業規則では、理事長が職員人事をなし得ることは前述のとおりであって、右(一)にみたとおり、被告の組織規程上、教授が他の教授の任免に関わることはない。したがって、原告ら教授が他の教授の地位の存否について法律上の利害関係を有するとはいえない。
5 以上のとおり、原告ら本件請求のうち、訴外佐々木吉男、同高田維有、同山本郁男及び同牧角和宏の地位不存在確認を求める部分は、原告適格を欠くものである。
三 慰謝料請求について
薬学部教授である別紙原告目録一記載の原告らの慰謝料請求は、同学部教授会が、同学部の教育職員の採用にあたって審議する権限を有していることを前提に、右教授会の審議に基づかずに訴外牧角を同学部の教授として採用したことによって、同学部教授会の重要事項審議権が侵害され、その結果受けた右原告らの精神的苦痛の填補を求めるものである。右請求が認容されるためには、少なくとも同学部教授会の審議事項に教授の採用が含まれることが必要であるが、前記二2(一)に述べたとおり、北陸大学において、同学部教授会の審議事項に教授の採用は含まれない。
したがって、右原告らの慰謝料請求は、理由がない。
四 結論
以上によれば、原告らの本件請求のうち、訴外佐々木吉男、同高田維有、同山本郁男及び同牧角和宏の地位不存在確認を求める部分は、原告適格を欠き、不適法な訴えであるから、右訴えの部分は却下することとし、別紙原告目録一記載の原告らの慰謝料請求は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡辺修明 裁判官田近年則 裁判官梅本圭一郎)